AI SECURITY / AGENTIC ATTACK

中国製AI「ARTEX」が
韓国の銀行を襲った

プランナーとワーカーのエージェントが、標的の選定から侵入までを連続実行します。攻撃のバックエンドはDeepSeek v4.1-flash、補助にGLM-5.3とGrok 4.6。露出したサーバーから手口が復元されました。2026.10.18

2026年9月末から10月初め、韓国の金融機関が相次いで攻撃を受けました。攻撃に使われたとみられるのは、中国で開発されGitHubで公開されていたAIエージェント型の侵入テストツール「ARTEX」です。金融当局の発表では少なくとも9行、約6万8,000件の個人情報が流出。ARTEXの主要なAIバックエンドには、DeepSeek v4.1-flashが使われていました。

9行攻撃対象となった韓国の金融機関(当初は7行・約6万8,000件と報道)
約2.5万人新韓銀行で流出した顧客情報(年収・ローン限度額を含む)
DeepSeek v4.1-flashARTEXが主力バックエンドとして使用(GLM-5.3、Grok 4.6を併用)
394台観測されたARTEXログイン画面の数(AhnLab)
AGPL-3.0元のライセンス。悪用を受けクローズドソース化
表記ルール
  • 確認済み 公式ブログ・GitHub・一次資料で確認した事実
  • 提供元公称 開発元・ベンダー自身の発表。第三者検証は未完了
  • 第三者検証 外部の開発者・メディア・実測者が独自に確認したもの
  • AIfrontierの見解 編集部の解釈

1. 何が起きたか第三者検証

攻撃は9月末から10月初めにかけて、新韓銀行、KB国民銀行、ハナ銀行などの韓国の金融機関で相次ぎました。金融当局などによれば、当初少なくとも7つの金融機関で計約6万8,000件の個人情報が流出したと報じられ、その後の調査で攻撃対象は少なくとも9行に拡大しています。新韓銀行では約2万5,000人の顧客情報が流出し、氏名や電話番号に加えて年収やローン限度額といった金融状況まで含まれていました。 出典:JBpress

攻撃者は、銀行の基幹システムとは別に運用されている比較的セキュリティの弱い経路を狙いました。融資仲介業者向けの照会サービスや、職員向けモバイル業務支援システムなどです。金融当局は10月4日に緊急点検会議を開き、6日には消費者警報の「注意」段階を発令、1カ月間の二次被害特別対応期間を設けました。二次被害が起きた場合は全額補償すると表明した銀行もあります。

2. 攻撃の構造:プランナーとワーカー第三者検証

ARTEXは単体のAIモデルではありません。外部のLLMを連携させて使うマルチエージェント型のセキュリティ診断プラットフォームです。中国のセキュリティ開発者(Autumn-27)が企業の脆弱性診断のために作り、AGPL-3.0でオープンソース公開していました。

CrowdStrikeの調査によれば、攻撃者は香港のサーバーを主要な活動拠点とし、別のサーバーでARTEXを稼働させていました。香港のIPアドレスからは、Claude Codeのセッション履歴、Claudeのメモリファイル、ARTEXの設定ファイルが露出した状態で見つかっています。 出典:The Hacker News(CrowdStrike分析)

項目内容
ARTEXのAIバックエンドDeepSeek v4.1-flashを主力に、Z.aiのGLM-5.3とGrok 4.6を補助的に併用
攻撃者の併用ツールAnthropicのClaude Code。データ売買の場(Telegramの売買グループ)の探索にも使われたとされる
モデルの入手経路LLM APIの再販業者とみられる「xcai.pro」経由の可能性が指摘されている
帰属既知の脅威アクターには帰属していない。金銭目的の中国語話者の運営者と推定
動作の仕組み「プランナー」が作業順序を決め、「ワーカー」が調査と実行を担う。人間が各段階で指示しなくても、脆弱性探索から後続作業まで連続して進む

重要なのは、攻撃の各段階がAIで自動化された点です。専門知識を持つ人間が手作業で行っていた偵察・脆弱性の特定・侵入の手順を、エージェントが連続して実行します。「専門知識がなくてもハッキングできる時代」というJBpressの表現は、この構造変化を指しています。

3. 検知と対応第三者検証

攻撃の全体像は、露出したサーバーの分析から復元されました。複数の金融機関への攻撃で共通するIPアドレスが確認され、当局は同一の攻撃主体が複数行を狙った可能性を視野に調査しています。

韓国のAhnLabは、ARTEXがv2で「プランナー/ワーカー」型のマルチエージェント基盤に進化したと分析しました。共有ワークスペース、レポート、外部ツール連携、再利用可能な関数を備え、単発の自動化ツールから複数エージェントの作業・ツール・データを一元的に管理するプラットフォームになっています。AhnLabは、こうしたツールの普及が攻撃に必要な専門性の水準を下げると警告しています。 出典:Seoul Economic Daily(AhnLab分析)

観測されたシステム件数
ARTEXのログイン画面394
Sub2API(AIサービスへのアクセスを中継)252
Scope Sentry(インターネット露出資産の検査)22
CyberStrikeAI(別のAI侵入テストツール)15

ARTEXが実験段階にとどまらず、インターネットから到達可能なサーバー上で他のツールと並んで運用されている実態が示されています。ただしAhnLabは、複数のツールが見つかったこと自体は同一運営者や特定の攻撃グループを意味しないとも注記しています。

4. 開発者は公開を停止確認済み

悪用が明らかになったことを受け、開発者のAutumn-27はARTEXの公開開発を中止し、クローズドソースに移行すると表明しました。公式声明では、悪意ある攻撃は自分たちとは無関係であり、ツールの悪用は本来の目的に反するとしています。 出典:The Hacker News

"ARTEX was originally designed for the purpose of learning and research. It aims to help enterprises and organizations conduct security risk tests within the scope of authorized assets and improve security protection capabilities."
— Autumn-27(開発者)

声明では、今後のバージョン公開とメンテナンスを行わないとされています。ただし、いったん公開されたコードは取り消せません。AGPL-3.0で配布された版はすでに拡散しており、フォークも存在しうるためです。同種のツールが完全に消えるわけではなく、「公開の場からは見えにくくなる」という変化にとどまります。

5. 日本への波及第三者検証

JBpressの記事は、日本でも生成AIを使ってハッキング用のプログラムを作成する事件が起きていると指摘しています。韓国での事案が対岸の火事ではないという文脈です。日本では、情報処理推進機構や総務省・情報通信研究機構が、弱いパスワードのまま放置された機器の調査や注意喚起を続けています。

今回の事案がこれまでの侵害と違うのは、標的の選定から実行までがAIで連続して行われる点です。従来の侵害は、脆弱性を突く手順が人間の知識に依存していました。ARTEXのようなツールは、その依存を外します。防御側の前提(攻撃者には専門知識が必要、手間がかかる)が崩れることが、本質的な変化です。

6. 見えてきたことAIfrontierの見解

総括

この事案は3つの点で象徴的です。①AIが攻撃の律速段階を変えた。攻撃の工程そのものは自動化され、残る律速は「どの標的を選ぶか」という判断だけになりました。皮肉なことに、これは本サイトが追ってきた意思決定モデルの役割そのものです。②攻撃側は最先端モデルを必要としていない。バックエンドはDeepSeek v4.1-flashが主力で、GLM-5.3とGrok 4.6を併用する構成でした。安価で高性能なオープンウェイトのモデルが、攻撃の経済性を変えています。③守るべきは基幹系の隣。侵入経路は融資仲介業者向け照会サービスや職員向けモバイルシステムなど、基幹系の外側にある「脇道」でした。

実務的な備えは3つです。①資産台帳の外にある経路を洗い出す。基幹システムの防御を固めても、隣の照会サービスが抜け道になります。②インターネット露出資産を継続的に棚卸しする。AhnLabが214台の露出システムを数えたように、攻撃側も同じ手順で探しています。③AIコーディングツールの利用ログを管理する。今回の手がかりは、露出したClaude Codeのセッション履歴から得られました。裏を返せば、自組織のAI活用ログも同じように漏れうる、ということです。CloudflareのID連携(別記事)が企業のAI利用をIDで縛る方向に動いているのは、この文脈で読むと腑に落ちます。

出典

  • JBpress(李正宣)「韓国の銀行を襲った中国製AI「ARTEX」の脅威、『専門知識がなくてもハッキングできる時代』が到来」(2026年10月12日) https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/97451
  • The Hacker News「ARTEX Goes Closed Source」(CrowdStrike Intelligenceの分析、露出したClaude Codeセッション、ARTEXの構成) https://thehackernews.com/2026/10/artex-ai-pentesting-tool-used-in-data.html
  • CrowdStrike「Unknown threat actor uses ARTEX to target South Korean finance」 https://www.crowdstrike.com/en-us/blog/unknown-threat-actor-uses-artex-to-target-south-korean-finance/
  • Seoul Economic Daily「AI Penetration Tool ARTEX Evolves Into Multi-Agent Platform, AhnLab Says」(AhnLabの観測件数) https://en.sedaily.com/technology/2026/10/09/ai-hacking-tool-artex-evolves-into-multi-agent-platform
  • 韓国金融委員会(FSC)報道資料(金融消費者への注意喚起) https://www.fsc.go.kr/eng/pr010101/87887
  • ARTEX開発元(GitHub: Autumn-27/公開停止の告知) https://github.com/Autumn-27